ホグワーツの冷たい廊下。
消灯時間まであと三十分。


俺達は壁の陰に隠れ、それにジッと耐えていた。




  「じゃあまた明日ね、ジャック。」


  「おやすみ、。」




俺達の耳にその二人の声は聞こえてくる。
ちらりと覗き見ると、二人は案の定抱き合っていて。


俺はこのあとするであろうキスを見たくなくて、
視線を冷たい廊下の床に向けた。




立ち去る足音。
合い言葉を言う声。




そしてズキリと痛む胸。










  「、ジャックのこと好きなの?」


  「好きよ?」


からかった俺に、は笑いながら即答した。


締め付けられる胸。




そう、俺達が泣きたいほどに愛してる には、
ジャック・フィン という恋人がいる。


それはホグワーツのほとんどの人が知っていて。
仲の良い二人を、みんなは祝福していて。


俺達は、の隣に座ることすら許されなかった。






  「ジャックー! がんばってーっ!!」


レイブンクローとのクィディッチ試合。
は俺達ではなく、敵のジャックを応援していた。


ズキリと痛む胸。


箒の柄をキツく握り、ブラッジャーを力一杯叩いても、
その痛みが消えることはなくて。




…君が応援してくれたら、俺達は絶対優勝してみせるのに。




俺達は一度もジャックにブラッジャーを向けなかった。


に、嫌われたくなかった。








  「お前等やる気あるのかッ!!?」


なんとか勝利した試合。
それはほんと、ギリギリで。


ちらりとを見ると、彼女はジャックを慰めていた。


締め付けられる胸。




  「聞いてるのかッ!!!?」


  「「聞いてるよッ!!!!」」


苛立ちながら怒鳴った俺達に、ウッドは何も言わなかった。


それはきっと、俺達が泣きそうな顔をしていたから。








  「忘れ…なきゃな。」


ベッドに仰向けになった俺とジョージ。
汗でベトベトなのに、何もする気が起きなくて。




  「…そうだな。」


静かに起き上がったジョージは、
沈んだ顔をしたままバスルームへと消えた。


ドンッと聞こえた壁を殴る音。


ジョージもきっと、を忘れることなんて出来ない。
彼女を好きだという気持ちを、消すことなんて出来ない。








痺れる拳。


目の前には、シャワーに濡れながら顔を醜く歪ませた俺の姿。




  「忘れるなんて… 出来るわけないだろ。」


を忘れることなんて出来ない。
フレッドもきっと、彼女を好きだという気持ちを消すことなんて出来ない。


顔を滴(したた)る温かいその水は、冷たくなって俺の足下へと落ちた。








抜け殻のような毎日。


はいつも、楽しそうにジャックに笑顔を向けていた。








消灯時間まであと三十分。


寮の前の廊下で、はジャックに"おやすみ"と微笑んでいた。


ズキリと痛む、俺達の胸。






消灯時間まであと二十四分。


一人になったを、俺達は抱きしめていた。
ただ、何も言わずに。


怒るだろうか。
突き放されるだろうか。


もう、いっそのこと嫌ってくれ。


俺達の胸はボロボロだ。
君が好きで好きで、情けない俺達の胸は潰れてしまいそうだ。






  「! 言い忘れたんだけど…」


ジャックの声が聞こえても、俺達はから離れなかった。


ぎゅっと強く抱きしめたの体は温かく、
そのぬくもりに俺達は泣きそうになった。


どうかもう、俺達を嫌ってくれ








  「あー やるな、。 恋人か?」


  「今はまだ違うわ。」




  「"まだ"ね。」


  「そ。」


顔を上げた俺達に、とジャックが笑っているのが見えた。




  「未来の弟達よ。 さっさと恋人になっちまえよ?」


俺達を見たジャックは、ニヤッと悪戯っぽく笑っていた。
混乱する俺達には笑いかける。




  「ジャックとは血の繋がった兄妹(きょうだい)なんだよ。」


  「「え?」」




  「もやっと兄離れしてくれるときが来たか!
   お前が側にいるからいつまで経っても俺に恋人出来ねぇし。」


  「あら。 元々女っ気なんか無かったじゃない。
   可愛い子が側にいたんだもの、逆に感謝して欲しいくらいだわ。」


笑い合うとジャックに、俺達は呆然としていて。




  「おっと。 そろそろ戻らないとヤバいな。 おやすみ、!」


  「何か話があったんじゃないの?」


  「ん? いや、もう話す意味は無くなったみたいだから。」


ちらりと俺達を見たジャックは、意味深にニヤリと笑った。


"じゃーな"
ジャックは手を振りながら薄暗い廊下へと消えていった。






  「さて、寒いから寮の中に入ろっか?」


笑ったに、俺達は彼女を抱きしめる腕に力を入れた。




  「「もう少し、このままでいさせて」」


この温かいぬくもりを。
俺達に笑顔を向けてくれる君を。
君を好きでいてもいいと知ったこの時間を。






消灯時間まであと七分。




どうかもう少し、この幸せに浸らせて