好きって気持ちは、計れるものじゃないでしょ?
  2人分とかどっちも同じくらいとか、そんなの全然意味ないくらい。
  あたしは、2人のことが好き。














 病気の虫













  ふと、目が覚めた。

  窓から満月が顔をのぞかせていて、ちょうどその光があたしの枕元に
  射しこんでいる。

  おかしいな、寝る前にちゃんとカーテンを閉めたはずなのに。

  閉めに行こうか、少し迷う。

  今日あたしは、風邪を引いてしまって授業を1日休んだ。

  まだ熱があるみたいだし、温かいベッドから出るのは少し抵抗があった。

  明日も休むわけにはいかないもの、まぶしいのなんか毛布でもかぶって
  我慢しよう……

  思いっきり毛布を引っ張ると。




 「「寒いよ、!!」」


  絶対にここにいるはずがない人物の声が2つ、見事にハモった。




 「うっ…嘘!? フレッド……ジョージ!?」





  あわてて飛び起きたあたしの両脇の毛布がもぞもぞと動き……
  そっくりの顔をした赤毛の男の子2人が、ぴょこりと顔を出した。

  同じグリフィンドール生の双子、フレッドとジョージ。

  何て言うか……あたしの、恋人。

  何週間か前、「オレたち2人、どっちが好き?」って聞かれて、
  あたしは軽い気持ちで2人とも好きだと答えたのだ。

  するとなぜか、じゃあ3人で付き合おう!ということになって……どうにも
  微妙なお付き合いが始まった。

  確かに3人一緒にいることが多くなったけど、話すこととか態度とか、
  そういうのは友達だった時と何も変わっていないのだ。



 「やぁ、。調子はどう?」


 「あぁ、顔色はまだ悪いみたいだね。」





  まるで廊下ですれ違ったみたいな軽い挨拶をしてくるんだけど。

  ……ここ、ベッドの中なんですけど!?

  どうして女子寮に、って言うか何であたしのベッドの中にいるの!!

  どうやって入ってきたのよ!?

  と、とりあえず着衣の乱れはないけど……って、そんな問題じゃないしっ。





 「混乱してるぞ。」
 「混乱してるな。」
 「「カッワイイ!!」」
 「っ……ふざけないでよ! 何のつもりなの、アンタたち!?」



  こんな状況でからかうみたいなことを言われて、とたんに頭に血が昇る。

  それなのに2人は、あたしの両脇で頬に手をつき、にこにこあたしを見つめるのだ。

  ベッドから抜け出そうにも2人がぴったりくっついているので、
  どうにも身動きできない。

  な、何なの、この状況?






 「1人ぼっちの部屋は寂しいだろ。」
 「それにここちょっと寒いし、あっためてあげようと思って。」
 「でも思ったよりは元気そうで、ホントよかった。」
 「オレたち、心配したんだぜ?」
 「……え?」
 「お見舞いに来たかったんだけど、男は女子寮に入っちゃダメだろ?」
 「熱い想いを募らせて、騎士は高い塔を登りました、と。」




  つまり、ドアから入ってきたんじゃないわけだ。

  見れば、カーテンが開いている窓のそばに、2人の愛用の箒が
  立てかけられている。

  ……どうりで閉めたはずのカーテンが開いてたんだわ。

  風邪がうつるといけないから、ということで、私と同室の子たちは
  今夜だけ別室で眠っている。

  それをどこかで聞き出して、窓から侵入するだなんて馬鹿げたことを
  思いついたんだろう。

  ホントに、この双子はブラッジャーも顔負けなのだ。


 「まったく、アンタたちってホントに馬鹿ねぇ……」



  ため息まじりに言うと、ジョージが心外だとばかりに頬をふくらませる。



 「馬鹿にさせるのは君なのに、そんな言い方ってなくないかい?」
 「何よ、ソレ?」
 「君のことが好きで、君のことが心配で。だから危険を冒して会いに来たんだぜ?お姫様にはその苦労をねぎらってほしいもんだけど。」
 「そうそう。例えば、熱い口づけとか? それ以上でもいいけどさ。」





  ベッドの中でそんなことを言われたらシャレにならない。

  心臓がバクバクしてるの、2人に気づかれませんように、と祈りながら、
  あたしはしかめっ面をした。




 「馬鹿! 風邪がうつっても知らないから!」



  アハハ、と2人が笑った。

  その笑顔に、またドキッとする。




 「風邪が治るんだもの、いくらでもうつしていいよ。が苦しいの、オレたち嫌だしね」
 「キスでもする? 病気の虫、預かってあげる。」




  ステレオサウンドでそういうセリフを言わないでよ……

  付き合ってるって言ってもほとんど友達と変わらないカンジだったのに、
  急にそんなの、甘さが強すぎるってば!

  何も言い返せずに黙り込むと、フレッドが身体を起こして、
  あたしの顔をのぞきこんだ。



  ビー玉みたいな綺麗な瞳にあたしが映る。

  思わず見とれてしまうあたしに、フレッドは悪戯っぽく笑いかけた。




 「早くイヤって言わないと、キスしちゃうけど?」
 「え!?」
 「ハイ、時間切れ。」




  文句を言う間もなく、唇を押しつけられた。

  あたしは思わず目をつぶる。

  頬がみるみる熱くなるのがわかった。

  フレッドが押し倒すみたいな勢いでキスしてくるので、必死で身体を
  支えなくてはならなかった。

  ふわりと、背後から抱きしめられる。

  ジョージだ……

  ぶるぶる震えて後ろにつっぱる両腕を優しく解き、自分の胸に
  もたれさせてくれる。




 「っはぁ………」




  しばらくしてからようやくフレッドが唇を離してくれて、あたしはほっとして
  ジョージに身体を預けた。



 「何か、いい匂いがする……」



  顔を至近距離に置いたまま、フレッドがささやいた。

  その瞳はわずかに潤んでいて、どうにかなりそうなくらい色っぽい。

  ああ……こんなフレッドの表情、誰が知ってるだろう。

  いつも悪戯っ子の顔しか見せない彼がこんな目をするなんて、あたし以外、
  誰が知ってるって言うの?

  妙な優越感が胸をきゅっとしめつける。





 「へぇ……どれ? のいい匂い、オレも知りたいな。」




  耳元で声がしたかと思うと、背後からあごをすくわれ、強引に振り向かされた。

  そのままかぶさるように口づけられる。



 「んっ……んーっ!」



  ちょっと無理な体勢に、あたしは思わず暴れる。

  それなのにジョージはかまわず、深く深く口づけるのだ。

  とろけるようなそのキスに、だんだんと抵抗の手がゆるくなってしまうのが
  自分でもわかって死ぬほど恥ずかしかった。




 「……すごく甘いね、は。」




  わずかに離した唇が、吐息のように言葉を紡ぐ。
  ジョージの声のほうがよっぽど甘い。甘くて甘くて、あたしは溶けてしまいそう。


  ジョージのこんな声、絶対に誰も聞いたことがない。
  大騒ぎしたり、ケラケラ楽しそうに笑ってる声しか、皆は知らないんだ。

  それだってじゅうぶん魅力的だとは思うけど、濡れたように艶めいたこの
  ささやきを、あたしはずっと聞いていたいって、そう思った。



  あたしだけが知ってる、その表情もその声も。


  2人があたしのことを好きだから。だから見せてくれるもの。
  そう思うと、2人のことが愛しくて愛しくて、何だか泣きたくなる感じ。好きだって、改めて思った。





 「……、顔赤いけど、もしかしてまた熱が上がっちゃった?」

 「あ、ホント、真っ赤だ。目も潤んでるし……大丈夫?」



  何も知らない双子は、あわてたようにあたしを気遣う。

  2人のキスで顔が赤くなったりドキドキしてるのに、ホントにわかってないの?





 「……全然平気。」



  そう言うと、2人はホッとしたように笑った。

  でも、とジョージが言って、後ろから抱きしめたあたしの身体を離して、
  そっと横たわらせてくれた。

  それから2人してベッドから這い出す。

  ベッド脇に膝をついた2人は、あたしの顔をのぞきこむようにして優しく笑った。





 「やっぱり眠ったほうがいいよ。」
 「ごめんな、起こしちゃって。」
 「って言うか、お見舞いとか言っときながら……あんなことしてごめん。」
 「、何かいつもよりおとなしくて、ちょっと調子が狂ったって言うか。」
 「そう、今までいちおう我慢してたのに、台無しだ。」
 「が3人で付き合うの、ちゃんと納得してくれるまで待とうと思ってたのに。」
 「「……オレたちのこと、嫌いになった?」」






  2人を見上げて、何だかぽかんとしてしまった。

  2人は……強引に3人で付き合うことをあたしに了承させて、それでもう
  満足してるんだと思ってた。

  まさか、こんなふうにあたしのことを気遣っていたなんて。

  もしかして、付き合ってからも普通の友達みたいに接していたのは、
  あたしに気を使ってくれていたの?

  あたしがこのお付き合いを納得してないんだと思って、
  待ってるつもりだったってこと?

  ……あたしはとっくに2人のことが好きなのに。

  確かに面と向かって好きと言ったことはないけれど、そんなの態度か何かで
  察してほしいもんじゃない?

  だいたい、嫌だと思ってたら、いくら強引だったとしても双子の両方と
  付き合うなんて芸当、普通できないでしょ。

  ましてや両方とキスするなんて。

  でもそれを口に出すのは恥ずかしくて、毛布で顔を隠してしまう。

  ああこれじゃ、まるで嫌いになったみたいじゃないの。




 「……?」



  恐る恐る、といった感じの声に、あたしは思い切って顔を出した。

  心配そうな顔をしたフレッドとジョージが、あたしを見下ろしてる。

  笑顔が見たいの、2人の。

  もしちゃんと伝えられたら、笑ってくれる?




 「あたし……あたしね。」
 「うん?」
 「2人のこと、すごく好きなの。」
 「「……ホント?」」
 「うん……大好き……」



  いつ眠ってしまったのか、よく覚えてないんだけど。

  目を完全に閉じてしまう直前の、最後の記憶は。

  フレッドとジョージの輝くような笑顔と。

 「オレたちも、のことが大好きだよ」という優しい声だった。




 「……!」



  大声で呼ばれて、目を開ける。

  窓からは月明かりではなく日光が差しこんでいる。

  あれ……朝?




 「おはよう。身体の調子はどう? もう熱はないみたいだけど。」




  あたしの顔をのぞきこんでいるのはルームメイトのシオンだ。

  平気、と答えると、彼女はにっこりと笑った。

  何だか……変な夢を見ていたような気がする。

  フレッドとジョージが会いに来てくれる夢。

  夢だったのか現実なのか、正直自信がない。

  アレがあたしの願望から生まれた夢だとしたら、恥ずかしすぎる……

  壁に立てかけられていた2本の箒も、2人がいたベッドの温もりも
  跡形もなくて、夢である可能性のほうが高い気がする。

  でも。

  もし昨夜のことが夢なんだとしたら、あたしはもう1度2人に
  言わなきゃいけない。

  2人のことが好きなんだって、ちゃんと。

  言わなくてもわかってほしいなんて、そんなの甘えなんだってはっきり
  わかったから。

  恥ずかしくても何でも、ちゃんと言わなくちゃ。

  あたしは決意し、勢い良くベッドから下りた。

  シオンが目を丸くする。







 「なぁに? 元気になって嬉しいのはわかるけど、いきなり動き回るもんじゃないわよ。」
 「フレッドたち、談話室にいた? 朝ごはんかな?」



  ああ……とシオンは眉をしかめた。何だろう、変なこと聞いちゃった?



 「病み上がりのあなたを心配させたくないから黙ってるつもりだったけど、そういうわけにもいかないわよね。」
「……何? どういうこと?」
 「2人とも、風邪ひいちゃったらしいのよ。あの元気のかたまりみたいなツインズが。けっこうな高熱を出して寝込んでるの。」
 「えっ……ウソ!」
 「さっきマダム・ポンフリーが来て診察したんだけどね、何でも病気の虫をもらったんだろうって。虫をうつされたら最後、即病気なんだから。」







  ……病気の虫ってホントにいるんですか。



  夢でジョージがそんなことを言った気がするけど、冗談だと思ってた。って言うか、魔法使い界の新たな不思議に驚いてる場合じゃない!

  病気の虫って……2人にうつしちゃったの確実にあたしじゃないの!?
  じゃあやっぱり、昨夜2人がお見舞いに来てくれたのは、現実ってことだわ。




 「でも、変なの。」


  シオンが首をかしげて言う。



 「マダム・ポンフリーに診察を受けている時、私もその場にいたんだけどね。様子を伝えてやらなけりゃと思って…フレッドたち、変なこと言ってたのよ。」
 「変なこと……?」
 「ええ。どこで虫をもらったのかしらってマダムが聞いたら、声をそろえて……愛しい姫からいただいた勲章です、なんて言うのよ。」
 「………へぇ。」
 「でも、あの2人にとって愛しい姫って、のことでしょう?確かにあなたも風邪ひいてたけど、昨日はずっと部屋で寝込んでたわけだし……」





  あたしはどんどん口数が少なくなり、しまいにはうなずくことさえできなくなってしまった。
  シオンが、どんどん核心に近づいているのがわかったからだ。


  唇に指をあてて考えこんでいたシオンがとうとうハッと目を見開いて、あたしは逆に目をつぶった。


 「あなたたち、まさか昨夜会ってるの!? 会って……病気の虫がうつるようなコトをしたのね!?」




  ビンゴ……って言うか人聞きが悪い!!
  目を開けると、すっかり興奮したシオンが鼻息も荒くあたしの肩をつかむところだった。




 「いやだ、どうして話さないのよ! あぁ、そうなのね……とうとうそうなのね!?」
 「そうなのって、何がですか……」
 「決まってるじゃないの! あ、でもあなたたち3人のことだから、やっとキスしたとかそんなところかしら? …それ以上のことはまだっぽいわねぇ。」







  上から下までじっくり眺められ、あたしの羞恥心は一気にメーターを振り切った。
  視線に耐えられなくて、彼女の手を振り払う。そのままの勢いで回れ右をして、部屋から飛び出したのだった。


  シオンの叫び声が背後に聞こえたけど、カンペキ無視した。……ゴメンね、シオン。



  あたしは息を弾ませながら走り続ける。
  シオンから逃げたいのもあったけど、それよりもフレッドとジョージに会いたくて仕方がなかったから。


  冗談みたいに言っていた、病気の虫を預かってあげるっていうのは、本気の言葉だった。
  あたしが苦しい思いをしないよう、2人は自分たちでそれを引き受けてくれたんだ。ホントにホントに……馬鹿なんだから!!


  病気が治ったって、大事な2人が苦しかったら意味ないじゃない。
  あたしだってフレッドたちに苦しい思いなんかして欲しくないんだって、どうしてわからないの。



  ……言わなきゃ。
  好きって伝えたのは夢じゃなかったけど、でももっと。もっと伝えなきゃいけないことがたくさんある。
  その前にもう1回、2人のことが大好きだって言って……それから、それから……





  早く、早く。


  大好きな2人のもとへ。



  気持ちばかりがはやって、男子寮へ続く廊下がいやに遠く感じられた。