少し曇った空の下、ゆりは砂浜のビーチパラソルの下にいるジニーに声をかけた。
「ねぇ ジニー、フレッドとジョ−ジは?」
ゆりが聞きたかったのはフレッドだけなのだが、あの二人はいつも行動を共にしていたので、
今回もきっとそうだろうと思っていた。
「あれっ ゆりも泳ぎに来たの? 言ってくれたら一緒に来たのに・・・
あぁ、ジョージなら昼食の買い出し、フレッドは『ナンパしてやるっ』って・・・ ほら、あそこ。」
ジニーの指の差す方に視線を向けると、海面にちらちらと赤い髪が見えた。
「フレッドもやっぱり男よね。 水着の女の子に弱いんだから。
ジョージはまだまだ子供みたいだけど。」
ジョージがナンパなどしないのはそれ相応の理由があるからで、
どちらかと言えばフレッドの方が"まだまだ子供"だった。
「ジニー、これ預かっておいて!」
ゆりは小さめのポーチをジニーに押しつけ気味に渡すと、
先ほどフレッドがいた海の方へ走り出した。
波打ち際まで来たとき、
海から笑い声と共に二人の男女がバシャバシャと波を蹴りながら出てきた。
一人は見知らぬ女の子。
一人は見慣れた赤い髪。
ゆりはそのまま声をかけずに海に入ろうとしたが、
それより先にフレッドがゆりを見つけた。
驚いた顔で見つめてくるフレッドに、ゆりはにっこりと微笑むと、
そのまま海へと飛び込んだ。
フレッドと一緒にいた女の子への嫉妬感が、
自分を選んでくれなかったフレッドへの恋心が、ゆりの顔を歪めていく。
痛む胸を感じつつ、ゆりは波の浮力に身を任せ、
時折波に呼吸を止められながら、上腕を動かし前へと進んだ。
ピピピピピッ
パシッ
「・・・悪い、起こしたか?」
ぼんやりと目を開けたゆりは、海ではなく見覚えのある部屋にいた。
微かに首を伸ばせば、止めたばかりと思われるマグルの目覚まし時計を持ったフレッドが、
軽く首をかしげながら自分の様子をうかがっていた。
「・・・夢を・・・見てた。」
「どんな?」
視線を目覚まし時計に移し、ひっくり返したりネジを回したりしながらフレッドは言った。
「海で・・・泳いでた。」
「海? また気が早い話だな。」
カチカチと音をさせながら、フレッドは顔も上げずに応える。
「うん・・・」
ベッドの中は暖かく、ゆりはその気持ち良さにまだ夢心地だった。
「ゆり、今度俺達の部屋に来るときは注意しろよ?
今回は眠り薬の開発中だったから良かったのもの・・・」
「うん・・・」
「いきなりぶっ倒れたときは驚いたよ。
まぁ三時間ってとこだな、あの煙の効果は。」
「うん・・・」
先ほどから同じ返事しかしないゆりに、フレッドは時計から視線を上げて彼女を見た。
「ゆり? まだ眠いのか?」
「うん・・・
もう一度寝たら・・・ 今度はフレッドに・・・ 選んで貰えるかな・・・」
「俺に選んで? なんの話?」
「ナンパした女の子じゃなくて・・・ 私を・・・―――」
「えっ!?」
フレッドは手に持っていた時計をゴツッと床に落としたが、
ゆりはもう軽い寝息を立てていた。
口を開けっ放しにしてゆりの様子を見ていたフレッドは、
色々な感情のこもった長く深いため息をついた。
「ったく。 変な夢見るなよな。」
フレッドはガシガシと頭を掻くと、時計を机の上に乗せ、
ゆりが寝ている自分のベッドに腰を降ろした。
ゆりは毛布にくるまり、また海の夢でも見ているのか、幸せそうに眠っていた。
「俺はナンパなんてしないし、それに・・・」
ゆりをしばらく見つめていたフレッドは、
ゆりの頬にかかった髪を軽く掻き上げると、そっとキスを落とした。
「お前を選ぶに決まってるだろ?」
少し怒った口調のそれは、眠っているゆりの耳には届かない。
「まったく。」
フレッドはふっと笑みに似た軽いため息をつき、ゆりを見つめていた。
自分の気持ちが一方通行でなかったことは嬉しいが、
変な勘違いをされているのはいただけない。
「起きたらちゃんと言ってやるから、それまで眠ってろ。」
ぺしっとゆりの額を指で軽く弾いたフレッドは、
机から目覚まし時計を取ると、ジョージのベッドに座りながら解体を始めた。
その顔を嬉しそうに緩めながら。