昔の人は偉いと思う。

だって『押して押して押しまくれ!』とか『己を信じて突き進め!』
なんていうすごい立派な格言を残してくれている。


だってまるで僕が欲しい言葉を分かっているみたいじゃないか!!

恋は待ってはいけない。・・・そうだろう?






      Proverb





授業からの帰り道、皆少しクタクタな様子で廊下を歩いていた。

それはスネイプの授業の後だったから当たり前と言えば当たり前で、
とくにハリーは生気が全て抜かれたようにゲッソリとして一言も話そうとしなかった。

しかしハリーが突然足を止め、辺りを見渡し始める。

一見何てこと無い行動のように思えるのだけれど、
付き合いの長い僕らにとってはその行動は始まりの合図ってやつで・・・。


「・・・が来る。」



ハリーは生気の戻ったなんとも輝かしい顔になり、
いつものかっこよいと思えるポーカーフェイスを見事に崩し、まるで犬のように喜々として辺りを見回す。

・・・もしハリーが本当に犬だったらきっと勢い良く尻尾を振っているに違いない。


その光景に見慣れてしまっているハーマイオニーと僕には
ハリーの背後でゆれる尻尾が見えているような錯覚すら覚える。


!!」

そしてハリーの宣言通り、それからきっちり30秒後にが姿を現したからハリーには脱帽する。


、君は今日も本当に綺麗・・・。
その大きな瞳はまるで僕を吸い込んでしまいそうなくらい澄んでいるよ・・・。」



本当に犬のような俊敏さでに近づいたハリーは、抜かりなく彼女の手を握りながら愛の言葉を囁く。


・・・あれが愛の言葉だと思っているハリーはとてもおめでたい奴だと思う・・・。
と言うかいっその事吸い込まれてしまえ!と思うのは僕だけではないはず・・・。



「ありがとうハリー!あなたにそう言ってもらえるととても嬉しいわ。」


しかし、はそんなハリーの態度、言葉に嫌な顔一つせず、寧ろ天使の微笑みと呼べる笑顔すら浮かべている。



「あぁ、もう!!!君は僕の瞳だけでじゃなく魂まで奪ってしまうんだね・・・。いや、君に殺されるなら本望さっ!!!」



そしてハリーは益々の手を握る手に力を込め、顔をどんどん近づけていく。

でもそんなハリーにすら全く嫌な顔一つしないは本当に天使なんじゃないかと思う。




そして一頻り見つめあい瞳で愛を語り合う(ハリー曰く)と
はハリーだけでなくハーマイオニーや横にいる僕にまで手を振ってくれる。


案の定、が廊下の角を曲がるまでハリーは『君の瞳に溺れそう。』とか
『いや、寧ろもう窒息寸前だ。』なんて言葉を投げかけている。

・・・どれも使い古されたくどき文句で、少し年代が古い気がするのは僕だけなのか?

その前にハリーは『恋に焦りは禁物。』という格言を知っているのだろうか・・・?



「ハ、ハ、ハーマイオニー!!!今すぐ僕の頭に火を付けて髪を燃やしてくれっ!!」



その日の夕方、いや、夕食が終わった後だったからもう夜と言っていい時間帯。
ハリーは突然泣きながら談話室に入ってきた。
しかも思わず逃げ出したくなるほどの凄い形相で・・・。


「ど、どうしたのハリー・・・。」

<さすがにいつも冷静なハーマイオニーも面食らったようで、恐る恐るではあるもののハリーに近寄り声をかけた。


「憎い、憎いんだ!このくしゃくしゃの黒髪がとてもっ・・・!!あぁ!!どうして僕の髪はさらさらブロンドヘアーじゃないんだろう・・・っ!!」



ハリーは言いたいことだけ告げると、
さぁ、と言わんばかりにハーマイオニーに頭を突き出した。

・・・とうとう頭までおかしくなったか、どこかで強く頭でもぶつけたのだろうか・・・?


口元に笑みすら浮かべられぬ程、なんだかハリーが可愛そうになったロンは
少しでもハリーの心の病気が早く治るよう心から祈ることしか出来ない。



「・・・燃やすのは構わないけどそうしたら今よりもっとくしゃくしゃ・・・いいえ、チリチリヘアーが完成するわよ?」


ハーマイオニーのその言葉でハリーは少し正気を取り戻したのか
一回、深く深呼吸をすると、いくらかいつものハリーに戻ったようだった。



「・・・ハリー、僕らに分かるように話してくれる?」

ロンは少し遠慮がちにハリーの隣に座った。
ハリーをここまで乱すのは以外に考えられないが、
今はそれをいうより全てをハリーに話して貰った方がいい、と思い話をするように促した。

ハリーはちらっとハーマイオニーとロンに目配せすると一呼吸おいて話し始めた。




夕食のあと、ハリーはを探して彷徨っていた。

と言っても流石にこれは毎日の日課と言う訳ではなく、
彼女が手に少量のお菓子を持って廊下を歩いていたのを見たので勉強でもするのかと思い探していた。

しかし、彼女はどこかの部屋に入ってしまったらしく
なかなか彼女が見つからずうろうろしていたときに彼女の声がハリーの耳に届いた。


「・・・私?私はさらさらなブロンドヘアーが好き。」





・・・以上、なんとも簡単で、且つハリーが泣くには確かに充分な理由といえば理由・・・。



「・・・は、はさらさらブロンドヘアーがタイプなんだ!!流れるような金髪の人と結婚したいんだよぉ!!」




説明し終わるとハリーはその場で泣き崩れ、自身の腕に顔を突っ伏した。

はそこまで言ってないだろう、と半ば呆れながらもハリーを慰めようと必死に言葉を探している自分はなんて偉いんだろう、とロンは肩に圧し掛かるような疲れを感じながらもどこか人事のように思った。





「そんな確実性のないものより、に直接聞いてみればいいじゃないの・・・。」


ハーマイオニーも呆れ顔でハリーに言い放つ。
僕もハーマイオニーも馬鹿馬鹿しい、と思いながら自身の部屋に帰っていった。

・・・だって、その時はそんな大事になるなんて思わなかったから・・・。








翌日から、ハリーはの傍に寄らなくなった。

挨拶はするものの、今まで見たいに愛の言葉を囁くようなことは無くなり、 どこかに対して他人行儀になってしまった。


ハリーは元気をなくし、僕らは本気で心配したんだけど、一人にして欲しい、といわれちゃそれ以上介入することは出来なくて・・・。



「あ、ハリー!」


と距離を置いて3日・・・。


の顔を見れないことで一時期中毒症状のようなものが出たが、それよりの顔を見るほうが怖いと思い必死でを避けていたんだ。


なるべく顔を見ないように避けていたつもりだったのに、今日は運悪く廊下でばったりと会ってしまった・・・。





「や、やぁ、!」



・・・あぁ、やっぱり可愛いなぁ・・・。

自身よりいくらか低い彼女は、否応なしに僕を見上げるように視線を合わす。
その時自然と上目遣いになるのは犯罪的な可愛さだと思う。



「じゃあ、また!」



僕はなるべく早くの前から姿を消そうと今来た道に向かって踵を返す。
遠回りになっても構わない・・・。

の口から『ブロンドが好き。』と直接聞くよりは何もかもマシだ。
それに比べたらスネイプに向かって、僕あなたを尊敬しています!と告げることすら苦ではなさそうだ。


「あ、待ってハリー!!!」



しかし僕の決死の逃走はの甘く蕩けそうな声に止められ、僕の身体は反射的にに向かって振り返っていた。

習慣って恐ろしい、と思いながらも、やはり目の前に現れたは飛びつきたい程可愛く、数日無しで生活してきたハリーにとっては、自我を失わせるのなど簡単な笑みだった。



「ねぇハリー、私あなたに悪いことしたかしら?」


そしてに近寄られ、最近私を避けていない?なんて小首を傾げられればハリーなどイチコロで・・・。


「・・・す、好きなんだ!!が例え金髪好きでも君が好きなんだ!!!」


に触れなかった反動からか、ハリーは勢い良くを抱きしめていた。



自身の胸にすっぽり収まってしまった彼女を、ハリーは放すまいと益々強く腕の中に閉じ込める。
を抱いているという歓喜なのか、これから失うかもしれないという恐怖なのか・・・。

少し震えそうになる自身を守るかのようにハリーはの肩口に顔を埋めた。


「・・・私も・・・。」



消え入りそうな声に、ハリーはピクリと反応する。

自身が彼女の声のボリュームを抑えているのだと気付いたハリーは、ゆっくりとの顔を自身の胸の中から開放する。
強く抱いたせいで彼女の綺麗な髪もくしゃくしゃになってしまったが、自身はは全くそんなことは気にしておらず、顔にははにかむ様な笑みを浮かべていた。


「・・・私もハリーが好き。」




そう告げたの顔は優しい笑みに変わり、そして、気付いていると思ったけど、と言いながら少し悪戯っぽい笑みに素早く変わる。


「・・・だ、だって君はさらさらのブロンドヘアーが好きなんじゃ・・・?」


ハリーは初めてコロコロと表情を変えるの可愛さより自身の疑問の方が勝ったことに少し動揺していた。
その証拠に好きだと言われたことすらもうハリーの頭から消えている。


「・・・?ブロンド?・・・あぁ!!それ私の髪型のことよ!!」



自分は栗毛だからブロンドに憧れていたのだ、とは笑顔ながらに語った。
もちろん、はどんな髪型も似合うと思うが、今のハリーはそれどころではない。



「僕の勘違い・・・?」



ハリーは自身の不甲斐無さ、早とちり、思い当たる全てを恨めしく思った。
こんなことならもっと早くに触れられていたはずなのに・・・。


「あぁ、良かった・・・!!」




ハリーはもう一度を自身の胸の中にしまい込む。
今度はの存在をかみ締めるようにとても優しく・・・。


そしてもハリーの温もりをかみ締めていた。

自身がずっと憧れていたハリーの腕の中にいるのは、にとっても夢のようだった。





「・・・離れたくないな・・・。」




数分だったのか、数秒だったのか、とても長く、それでいて短い間の抱擁の沈黙を破ってポツリ、とが言葉を発した。





「それは困るなぁ・・・。」


の言葉に、ハリーは言葉どおりの困った表情を浮かべる。

その言葉に少なからずショックを受けたは、ハリーにより無理矢理に自身から引き離されたので悲しそうな表情になっていた。


「こうしなきゃキスが出来ない。」


ニッと笑ったハリーの表情が確認できたと思ったのもつかの間、直ぐにハリーの顔が確認できなくなると同時に唇に柔らかい感触が走る。



自然と目を閉じ身を任せたの背に、ハリーの腕が回ったその時・・・。





「お二人さん・・・、ここは廊下なんですが。」




突然二人の元にハーマイオニーの声が届き、慌てて二人は距離をとった。

ポッと顔を赤くした二人をハーマイオニーとロンは呆れながら見つめていたが、内心ロンがホッとしたのはハリーには内緒・・・。
仲良く並ぶ二人に、ロンは肩の荷が下りたような気さえした。
しかし、これでハリーは元気になるだろう、と安心したものの、ロンは、実はこれからはもっとハリーがおかしくなるんじゃないか?と思わずにはいられなかった。

やっぱり恋には引きも大事、ってハリーは分かってくれたんだろうか・・・?