CloveR * SkY










An able woman












魔法省――魔法大臣執務室では、コーネリウス・ファッジがちらちらと時計を気にしていた。
その部屋の隣に位置する事務室では、
秘書官であるが、大臣に見せるための書類に高速に目を通していた。


ファッジの部屋の時計がカチッと音を立て、午後五時を示した。
それと同時に、魔法省中に低いボーンという時計の音が五回、鳴り響いた。


  「、今日はもう終わりにしよう! 漏れ鍋で君も一杯どうだね?」


嬉々として事務室に来たファッジに、は冷ややかに言った。


  「大臣。 今日中に終わらせないといけない仕事があと二十八件残っています。」

  「あー それはあれだろう? マグル対策口実委員会の仕事だ。」

  「大臣の許可が必要です。」


きっぱりと言い放ったは、先ほどまで目を通していた書類の束をファッジの前に差し出した。


  「口実委員会の方が来るまで暇でしょうから、この書類に判をお願いします。」


軽く百枚はありそうな書類の束に、ファッジは顔をしかめた。


  「、仕事熱心なのはいいが・・・ ほら、君も年頃だ。
   恋人とデートする時間がもっとあってもいいと思うがね。
   恋人がいないなら、私が有能な男を紹介―――」

  「大臣。  私のことはお気になさらず。
   仕事のことだけに集中してくださって結構です。」


微かに皮肉が込められたの言葉に、ファッジは「解った解った」と観念すると、
書類の束を抱えて執務室へと戻った。



  「・・・ふぅ。」

は上等な革張りの椅子に深く座り直し、かけていた眼鏡を外すと窓の外に視線を移した。
事務室は地下なのだが、地上の風景を映すよう窓には魔法がかけられていた。


燃えるような夕陽が、オフィス街を赤く染めている。
はこの赤い夕陽を見ると、日頃の忙しさが嘘のように、心が癒されていった。


  「今頃慌ただしく働いてるんだろうな・・・」


それは休日しか会えない恋人を思い出しての呟(つぶや)きだった。
定時に仕事が終われば会う時間は十分あるのだが、定時に終われるほど秘書官としての仕事は甘くなかった。
もっとも、すぐ怠(なま)けようとする大臣が真面目に仕事をしていれば、もっと早くに終われるのだが。






日曜の朝、いつも引っ詰めている髪をストレートに伸ばし、
きりっとしたスーツではなく年相応の可愛らしい服に着替えたは、
静かに深呼吸をしたのち、ダイアゴン横丁のとある店の前に姿現しをした。



  「っ!」


着地と同時には力強く抱きしめられた。

見慣れた赤い髪、そして安心する匂いの主(ぬし)は、
の体を少し離すと、薄く色付いた唇に軽いキスをした。


  「おはよ、フレッド。  今日も待っててくれたの?」


普段働いているときは決してしない柔らかい笑みを、は恋人に向ける。


  「当たり前だろ? ほんとは迎えに行きたいくらいだよ。」


ニッと太陽のように笑ったフレッドは、もう一度を抱きしめた。


  「あー やっぱりとこうやってるとすごく安心する。
   このままずっと抱きしめててもいい?」


冗談とも本気とも取れるフレッドの言葉に、はぎゅっとしがみつく。
フレッドと抱き合うのは、 にとってもとても安心する行為だった。



  「そこのお二人さん、イチャつくなら中で(・・)やってくれない?
   お客さんが恥ずかしがって店に入れないじゃないか。」


不満そうな声には慌ててフレッドから離れると、
呆れた表情をしている恋人の相方に声をかけた。


  「おはよ、ジョージ。  ごめん、今から手伝うね。」


ほのかに頬を染め、ジョージと共に店内に入ったは、
いつものようにカウンターの裏からエプロンを取り出し身に付けた。

ポケットに入っている赤い紐で髪を結い上げ、準備万端とばかりに顔を上げると、
フレッドとジョージがじっと自分を見つめていた。


  「な、何? どこか変?」

  「え? いや、今日も可愛いなぁと。」

  「さ、さっさとフレッドと結婚しちまえば?」

  「「えっ!?」」


ジョージの言葉にフレッドもも一瞬で顔を真っ赤に染めた。


  「だっては平日働いてるんだろ?
   なのに折角の休日に俺達の店手伝わせちゃってるし・・・」

  「手伝ってるのは私がそうしたいからだよ!
   それに無償ってわけでもないし。」

  「ほとんど無償じゃないか。 発売前の悪戯グッズをたった一個しか貰わないだろ?
   どうせなら抱えきれないくらい貰ってけばいいのに。」

  「そんなに貰ったらお店潰れちゃうじゃない。」

につられてジョージは笑ったが、フレッドは先ほどから俯(うつむ)いたままだった。


  「フレッド? どうかした?」


もしかしたら手伝われるのは迷惑なのだろうか。
不安な表情で見つめるとは裏腹に、フレッドは高揚しながら顔を上げた。


  「あ、あのさ。 さえ良ければ、俺はいつでも君と結―――」

  「いらしゃいませー!」


一世一代の告白を邪魔されたフレッドは、客の方に走っていったジョージをキッと睨んだ。
しかしそれは、こんな雑然とした場所ではなく、もっとムードのある場所で言ってやれよと、
無神経な相棒を思うジョージなりの気遣いだった。


  「フレッド?」

  「あ、いや・・・」


機会を逃したフレッドは、ちらりと店内を確認すると、小声でに囁いた。


  「大事な話があるんだ。 良かったら今日泊まってかない?」

  「いいの?」

  「やらし〜」


いつの間に戻ってきていたのか、ジョージがニヤニヤとしながら口を挟んだ。
フレッドとは一瞬驚いたあとに首をかしげ、まるで学校に入学したばかりの子供のように言った。


  「「なんで?」」


フレッドはただ先ほどの続きを言いたいだけだった。
はただフレッドと一緒にいれることを素直に喜んだだけだった。

不思議そうに聞き返した二人に、ジョージはどちらが正しいのか必死に考えていた。

すでにそういうことに驚かないほど進んだ関係なのか、
まったくそういうことを考えてないほど純粋な関係なのか。

たぶん後者だと思ったジョージは、微かに安堵のため息をついた。


  「解った、俺が悪かった。 、いくらでも泊まってけよ。」

  「ありがとっ」

結婚云々(うんぬん)以前の問題だよな・・・  ま、そういうのもアリか。
嬉しそうに返事をしたを見て、ジョージは今時珍しい汚(けが)れない女の子なんだなと、
そんなことを考えていた。





外が暗くなり街灯の光だけが通りを照らす頃、
店の上の居住区では、フレッドとジョージが発売前の新製品を所狭しと並べていた。


  「さぁ 、どれでも好きなの持ってってよ。」

  「好きなだけ、ね。」

からかうようにウィンクをしたジョージに、は軽く肩をすくめて見せると、
悪戯グッズを手に取り、一通りの説明を受けながら吟味(ぎんみ)していった。



  「―――これ、やっぱりこれがいい!」


三十分ほどでが決めたのは、不思議な模様が刻まれた小さなバッジだった。


  「さすが、お目が高い!」


が選んだのは、音声を特定のバッジを付けている人だけに送る、
マグルでいうところのトランシーバーのような物だった。


  「これはね、授業中でもべらべらお喋りが出来るバッジなんだ。
   まぁ一つ悪いところを上げるなら、口の動きで喋ってることが先生にバレちゃうことかな。」


得意気に話すフレッドに、は先ほどから聞きたかったことを訪ねた。


  「これって、どのくらいの範囲で使えるの?
   ・・・その、バッジを持ったもう一人までの距離。」


微かに頬を赤めたを不思議に思いつつも、フレッドはさらりと答える。


  「そうだな・・・ ホグワーツで言うなら、城丸ごと一個分が範囲かな。
   あ、でもクィディッチ場までは届かないと思うよ。」

  「やっぱり制限があるんだ・・・」

  「うん? 何か問題あった?」


しゅんとしたの顔を覗き込むように、フレッドは首をかしげた。
それを見たジョージは、はぁ〜とため息のような呆れた声を出した。


  「はそれでフレッドと話したかったんだろ?」

  「えっ」
  「うん・・・」


可愛らしいことを考えてくれるに、フレッドはある衝動に駆られる。
ちらりとジョージを見たフレッドは、目で必死に訴えた。

  「(ジョージ、お前ちょっと席外せよ)」

  「(また俺のこと邪魔者扱いしてるな・・・)」

思考が単純だったからか、フレッドの言いたいことをすぐに理解したジョージは、
やれやれと肩をすくめながら部屋を出て行った。


  「。」

  「ん?」


フレッドはが座っているベッドに腰を降ろすと、ぎゅっと彼女を抱きしめた。


  「大好きだよ・・・」


フレッドが溢れる気持ちを言葉にし、そのままを見つめると、
はスッと目を閉じた。

キスを待つその顔がフレッドは好きだった。
出来ることならずっと見つめていたいが、キスをしたいという願望にいつも負けてしまう。

吸い寄せられるように唇を重ねたフレッドは、身を寄せてきたにドキリと心臓を高鳴らせた。

そのとき生まれた欲望に、フレッドが慌ててを離すと、
彼女はまどろんだ目で寂しそうに呟いた。


  「もっと・・・ したいよ・・・」


それはキスの続きなんだとフレッドは思っていた。
実際、抱きついてきたはフレッドにキスを求めた。


  「・・・」


甘く痺れるような感覚に、フレッドはぎゅっと目を閉じる。
はそれを知らずに何度もキスを求めていた。


ほどなくして欲望を抑えきれなくなったフレッドは、の体を自分に強く引き寄せると、
その甘い唇に沿うように舌を這(は)わせた。

微かにが身を引いたのが解った。
が、自分から口を開いたに、フレッドはたまらずに舌をねじ入れた。


初めての感触に酔いしれながら、フレッドはうっすらと目を開けた。
そこには少し苦しそうにしているの、なんとも色っぽい姿があった。


触れたいと、そう願ったことは何度もあった。
しかし抱きたいと、そう願ったことは初めてだった。


  「、俺・・・」


こんなことを言ったらに嫌われるだろうか?
こんなことをしたらに拒絶されるだろうか?

不安にかき立てられながらを見ると、彼女は優しく微笑んだ。


  「フレッドの、したいように―――」








月曜の朝、はいつものように髪をまとめ、きりっとしたスーツに身を包んだ。
胸には昨日貰った、フレッドとジョージ特製のバッジを付けて。


  「おはようございます、大臣。」

  「おはよう、。  ・・・ん。 その胸に付けてるのはなんだい?」


ルード・バグマンと同じく新しいものに目がないファッジは、見慣れないのバッジに興味を惹かれた。


  「これは一定範囲内の相手と会話が出来るバッジです。
   昨日ダイアゴ